食い倒れの旅札幌④ すすきのの夜♪

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さて、妙な満腹感を覚えながら狸小路を横切ってやって来たすすきのでは、ランドマークの

ニッカの電飾看板が、この夜も我々を迎えてくれました。

博多の中州では中州交番、すすきのではこのニッカの電飾看板が

私には懐かしくもホッとさせてくれる夜の歓楽街のシンボルなのです。

このニッカの看板を見ると、つい写真に撮っておきたくなるから不思議です。

さて、我々は次の目的地、オークラビルにあるバー「Figaro+」へと向かいました。

この「Figaro+」はかつては女の子を置いたラウンジでして

蕎麦つながりの札幌のブログ友ryuさんに紹介して貰ったお店なのですが、

今は女の子は置かず、ママと義妹の和さんの2人で営業しているという

従業員の年齢層のき極めて高いバーなので、

僕が得意とする若い女の子の太腿を使った“お箸で開く”などは

開陳する機会も意欲もあろうはずがありません。

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それなら、若い子のいる店に行けばいいじゃないかということなのですが、

こちらのママには若干の義理があったので、それを果たすことを優先しました。

さて、お店に入って行ってママにお土産の赤福餅を渡すと、

暫しご無沙汰の挨拶をしてから、ソファー席に陣取りました。

些かもったいないとは思いましたが新しいバーボンを1本キープして、

1時間ばかりの間、ママと和さんを相手に会話を楽しみましたが

やはり幾つになっても若い女の子がいないのは手持無沙汰だったので

お客さんが入って来たのを機会に、思っていたより早めに切り上げて、

外に出ることになりました。

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本当ならば、ここでラーメンと行くところなのですが、

ジェームスがおなか一杯と言って尻込みするならともかく、

僕の方から、「今夜はラーメンはやめておこうか?」と言ってしまったのは

我ながら意外でした。

もうそろそろ、仰天食べ歩きは無理だなと悟った瞬間です。

僕の言葉を待っていたかのように、ジェームスが「シーマに行きましょうか?」と

彼のホームグラウンドであるカラオケスナックに僕を誘いました。

そんなことで、僕も乗り気でないままにジェームスの後ろからついて行きました。

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「シーマ」のママとジェームスは30年来の付き合いで、

僕も20年くらいの顔見知りなのですが、

ママが僕に懐いているほどには、僕はママに懐いてはいないという関係です。

それでも、歌を歌えと言われれば歌ってしまう人の好い僕は、

高橋真梨子とドリカムの曲を1曲ずつ歌いました。

でも、カラオケは3年ぶりなので、調子は今一つ。

途中から店の女の子にマイクを渡して、続きを歌ってもらいました。

カラオケは歌い慣れていないとしんどいですな。

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そんなことだったので、カラオケはジェームスと店の女の子に任せて、

僕はママが出してくれた見たこともないようなラベルのお店のボトルの

ウイスキーを飲みながら、おつまみを摘まんで過ごしました。

そして気がつけば、ススキノの夜は更けて午前1時前。

漸くお腹が空いて来たけど、今更ラーメンとも言い出し難くて

ジェームスが乗って帰るタクシーに便乗させて貰ってホテルに戻りました。 

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今回のススキノで感じたことは

やっぱりここ2~3年の怠慢が祟って、夜遊びはもう無理な気がしました。

でも、それでも夜のススキノは楽しいところだと思うから厄介です。

気持ちはあるけど身体がついて行けない。

まだ半煮えですな(笑)

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