仰天食べ歩き ('-^*)/

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zoom RSS 宮永の話。 「駅弁を二度買い」♪

<<   作成日時 : 2017/11/28 00:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 24 / トラックバック 0 / コメント 10

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現役時代、山形県の日本海側にある地方都市酒田には度々出張する機会がありました。理由はひとえに当時アライアンスを組んでいた業界団体の加盟会社が

酒田市にあったからに他なりません。

この会社との取引はごく僅かだったものの

社長がいわゆる押しの強い地方都市の名士でありまして

商工会議所の役員や観光協会の会長を務めていたものだから

全日空の定期便を庄内空港に誘致するために必要だから

どうしても大阪⇔庄内空港の不定期便に乗ってくれろなどと

無理難題を頼まれて、さしたる仕事もないのに酒田に行ったり、

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創立記念日の祝典に招待されて

宮永の運転する社用車で仙台営業所から

まだ全線開通していない陸羽道を半日かけて駆けつけたり

何しろ当時も今も酒田は裏日本の僻地の極みなので

兎に角行き着くまでが大変なのでありました

どうも僕はこういうタイプの経営者に好かれる宿命が...

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でも、一旦酒田に入ってしまえば、

どう足掻いても翌日までは京都に戻る足がないので

毎回二番弟子の宮永との同行だったこともあって

今にして思えば忙中閑ありの息抜きタイムでもありました。

何しろ大して買ってくれるお客じゃないので

社長と雑談するくらいで、僕の仕事は事実上ないのです(笑)

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そもそも酒田という町は江戸時代には北前船の交易が盛んで

「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と謳われた

豪商かつ日本一の地主だった本間家が勢力を誇っておりました。

余談ながら、その殿様である庄内藩の譜代大名酒井家と

我がご先祖の本多家は姻戚関係にありました(^-^;

しかし、そんな酒田の町も昭和51年10月29日夕刻に

市内中心部の商店街で発生した火災が

折りからの強風にあおられて22.5haを焼き尽くす大火となり

海側の半分を焼失するという被害に見舞われたのです。

俗にいう酒田の大火ですが、その分岐点に立ってみると

新旧の市街地の対比は、それはもう見事としか言えないものでした

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そんなことで、今の酒田は町の半分はきれいに整備され

焼け残った半分は朽ち果てるに任せるという

両極端な顔を持つ町となってしまったのです。

因みに僕たちが酒田に行く度に通いに通った盛り場中町も

そんな焼け残った一角にありました。

しかし、宮永とは中町でもよく遊びましたなぁ

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さてその宮永は、確か30歳になる前に採用試験に合格して

生産部に配属された中途採用の社員でした。

彼は京都で生まれ育ち京都以外には住んだことのないという

生粋の京男でしたが、その営業的才能を見抜いた僕が、

当時平取締役だった生産部長を上手に騙くらかして

営業部門に引き抜いたのです

以来彼は僕の命に従って、京都営業所、名古屋営業所、

東京営業所と転勤を重ね、充分な業績と夜遊びの腕を上げ、

仙台営業所開設と同時に仙台に赴任して今日に至ります。

そして今は僕より先輩のジェームスが率いる北海道地区を含めた

北日本営業部を統括する責任者として腕を振るう

仕事も遊びも誠に達者な、まるで僕のような男に成長したのです

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さて、話を駅弁に戻さなければなりません。

まあ、駅弁自体は当時から大食漢だったと言いたいだけで

大した話じゃないのですが(^-^;

そんなある日のこと。僕は空路、宮永は陸路酒田に入り

酒田唯一の得意先でささやかな仕事を済ませた後、

いつものように先方の水落という常務と一緒に

翌日は青森に行かなければならないというのに

結果的に中町で遅くまで飲んでしまいました。

お客の悪口になりますが、

酒田人の酒は終わりがないので困ります

そんなことで酩酊したまま朝を迎えた僕たちは

ホテルで朝食バイキングをしこたま食べた後、

酒田駅から青森行きの特急に乗りました。

その時写した改札口が冒頭の写真です。

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酒田は陸羽本線ですから、秋田駅で青森行きに乗り換えます。

青森到着は夕方なので、兎に角長く退屈な車内でした。

僕たちは酒田駅で買った駅弁をお昼を待たずして食べ始めました。

何しろ青森まではうろ覚えながら6時間ばかりを要したはずで

車内はガラ〜ンとして乗客は殆どおらず、

宮永と話すべき話題も尽きて、することは何もありません。

こんなに長い時間特急に乗ったのは釧路⇔札幌以来です

その上窓の外には単調な庄内平野が続くばかり...

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しかも、酒田駅で買った駅弁が思ったほど美味しくなかったから

これはもう不満が溜まります

「宮永、この駅弁は不味いなぁ」と、

食べ終わって半分居眠りしている宮永に声を掛けると

彼は「そうですねぇ」と話を合わせるように相槌を打っていましたが

次の停車駅でホームに降りて行く宮永を目で追いながら

「どこへ行くんだろう?」と不思議に思っていると

驚いたことに、こう言うのを以心伝心というのでしょうか?

ちょっと違うようにも思いますが、

彼は急いで駅の売店に行って

気の利いた駅弁とお茶を買って戻って来ました.

宮永とはそんな男です

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そんなことで無事青森駅に着いて、

5時前にALSOKの支店を表敬訪問したので

この日は電車には6時間も乗ったのに、

仕事は30分で終わりました。

宮永とは小話じみた逸話が結構あるので

追々書いてみたいです。

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
6時間!!ワタシも札幌⇔釧路を思い出してしまいました(笑)寝台を使った距離です☆青森ー秋田って遠いですよねーー大きさを実感しますよね。それにしても東北のお弁当は美味しそうなイメージがあるので、意外ですねー。二つ目のお弁当は美味しそうですよ♪宮永さん…30前で転職って、今ではどうか知りませんが珍しいじゃありませんか?達さんも確かそんなでしたよね。今いる会社に見切りをつけるのも才能かしらん♪
こりす
2017/11/28 05:18
こりすさん、やっぱり札幌⇔釧路も退屈しますよね(笑)
青森も秋田も岩手も北海道には負けますがとても大きいです。岩手なんか四国より大きいんですからね。
東北の駅弁は美味しいです。だから酒田駅でもそのつもりで買ったところ、これが大間違いでした。
そうそう、僕は36でしたが当時は今ほど転職が一般的じゃなくて、転職は一種の賭けでしたね。
宮永はきっと給料の良さに魅かれたんだと思います(笑)

2017/11/28 08:59
写真の駅弁は美味しそうです(^。^)

ところで、イノシシは高い所は苦手だそうですが、街中を食べ歩きなさいます折にはご注意なさいませね。
純子
2017/11/28 10:51
こうやって振り返ると、才能を見抜いて伸ばすことのできない会社は損していますね。(笑)逆に、才能を見抜いて伸ばせる上司はえらいです。
宮永さんはその場を読むのが上手なかたなのですね。
6時間かかって到着し、30分で仕事が終わりって、そんな日もあるのですね。サイゴンからニャチャンまで7時間でしたから、想像できますが、あ〜しんど。(笑)
櫻弁当
2017/11/28 12:00
純子さま、美味しそうでしょう(^^)v

そちらでも猪騒動ですか?最近多いですね。
猪も、エアガンで撃たれた猫も可哀想に。

2017/11/28 22:52
櫻弁当さん、長い時間をかけて育てて、そして自立して責任を果たせる人材になった部下は上司の誇りです。
会社は社員の3%しか真に役に立つ人材に育たないと言いますからね。
才能を見抜いて育てても、自立出来るかどうかが最大のポイントですね。
例えばデカさんは残念ながら最後まで自立出来ず終いだったから、僕がいなくなったらダメになりました。
宮永は面白い男なんすよ。
移動も仕事の内だから、東北や北海道に行くと効率が悪いです。
列車で6時間7時間は本当につらいですね。
東京・京都も新幹線が出来るまでの夜行は「つばめ」だったかな?8時間ほど掛かっていたのですよ。

2017/11/28 23:07
いつもと筆致が違いますね。
記憶だけで一気呵成に打ち込んだ感が感じられます。
充実した出来事の記憶は、たとえ時を経ても、生き生きしているものですね。
芸妓さんの顔の白さは驚嘆に値しますね。
なかなかのインパクトです。w
大食漢というのは承知していますが、二日酔い状態でしこたま食べられるということの方が驚きです。
それだけは真似できません。
釧路札幌は何時間でしたか?
自分は札幌⇒青森でほとんど半日かかってうんざりしたことがあります。
ひどい出張日程を組まれたもので、帰ってから、担当を叱りました。
宮永さんのようなお伴がいっしょなら良かったんですけど。
りう
2017/12/01 00:48
りうさん、ちょっと宮永のことを酒田と絡めて文章で残しておこうと思って書き始めたら、意図不明瞭な内容となってしまいました。
酒田の舞妓は観光協会が募集した素人さんだそうですが、舞妓になっても見様見真似の素人さんでした(笑)
僕の場合、よほどのことがあっても朝食バイキングはミッションでしたからね
釧路⇔札幌もうろ覚えですが6時間ばかり掛かったと思います。
札幌⇔青森は電車だときついですね。
僕も仙台から東京に戻って函館に行くのが面倒だったので仙台から新幹線で函館に行ったことがありますが、あの時は酷い目に遭いました。
単に本州と北海道を新幹線でつなげば好いってものじゃないですよね駅弁も売ってないし(笑)
宮永は役に立つ、それでいて一緒にいると楽しい馬の合う部下でしたよ

2017/12/01 10:28
いい話ですね。酒田の話も宮永さんの話も。

酒田は、私も若い頃に四国から仕事で行ったことがあります。まぁ遠くてねぇ。新幹線と在来線乗り継いで行きました。しかもすごい田舎で。なんという所に来てしまったんだ・・・という印象でした。

宮永さんはデキる男ですね。3を聞いて10を理解する・・・・そういう人間が出世する人間ですね。仕事も遊びも達者・・・素晴らしいです。逹さんのような人間だったんですね。駅弁の話もいいですねぇ。

裏日本、新潟から山形、秋田、青森のルートは本当に遠いし、冬は寒いし暗いし・・・さみしくなっちゃいますね。
けいつー
2017/12/02 11:26
けいつーさん、酒田も宮永も現役時代のよい思い出です。
けいつーさんも酒田に行かれたことがあるのですね。
日本海側では新潟・秋田に次ぐ街なのですが、都会に住む者にとって酒田は異次元の田舎ですよね(笑)
宮永は天性のものなのでしょうね。仕事も遊びもなかなかの才能の持ち主でした。手を離れてから自分の力で伸びて行く社員をみると嬉しいものです。
駅弁、ここですよね。営業的なセンスに繋がる気の配り方です。
東北の裏日本側はエレジーですね。
地吹雪の秋田、ドカ雪の青森、どこへ行っても演歌の世界です。

2017/12/02 17:01

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