仰天食べ歩き ('-^*)/

アクセスカウンタ

zoom RSS 昔話 「杭州」の話 最終回その@♪

<<   作成日時 : 2017/11/24 00:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 30 / トラックバック 0 / コメント 12

画像
さて、予告だけしておいて放ったらかしになっていた「杭州」の話の最終回。長文を避けるため、並びに長時間椅子に座っていると腰が痛くて堪らないので、異例のことながら最終回なのにその@とそのAに分けてお届けすることに致しますさて、文化大革命時代に三角帽をかぶせられ、大衆の前で自己批判の吊し上げを余儀なくされた上海の大地主たちも、

この頃になると逃亡先の香港から帰国を許されて、

中共政府の対外貿易の実務を担うことを条件に、

召し上げられた邸宅を返して貰える状況になりました。

黒い猫でも白い猫でも鼠を捕る猫が良い猫だという

あの融通無碍な開放政策のケ小平の時代です。

そんな帰国地主で所謂免罪富裕層の1人の王さん兄妹は、

終始我々の浙江省・江蘇省との商談のパートナーでした。

画像
                  左斜め上を向く得意のポーズをとる王氏と 


驚いたことに、この返還された邸宅の敷地内は

準治外法権になっているようで、

香港から持ち込んだ日本製のステレオを使って

西洋の毒された音楽を聞こえよがしにガンガン鳴らすなど

彼らはこれ見よがしなことを平気でやっておりました。


さて、当時の労働階級は貧しく、電力事情もお粗末だったたので

蒸し暑い夏の夕暮れには室内の暑さを避けるため

道路に机を持ち出して家族で食事をとっておりました。

そして、彼らは夕食を終えると王さんの邸宅の周りを

夕涼みがてら、群れをなして歩き始めるのが常でした。

そこに洋楽のレコードをガンガン鳴らすのですから

我々から見ると労働者の嫌悪を煽っているようなものです。

中共政府もしたたかですが、これが中国人の本質なのでしょう

王一族もやりたい放題です。

画像

しかした当時は外国人を邸内に宿泊させることはご法度でして、

ある時僕が邸内に夜遅くまで留まっていた折りに

外を歩く誰かが密告したようで、

公安に踏み込まれたことがありました。

王さんがうまく時間を稼いでくれている間に

妹が僕を裏口から連れ出してくれて危うきを逃れましたが

この時は念のため上海駅から急行に乗って

無易(ウーシー)まで逃げました。

あれは今思い出しても危機一髪でした

恐るべし、密告社会。恐るべし中国の公安警察

まあしかし、王さんのような人たちが

現在の中国の経済的隆盛の基礎を作ったことは

間違いのない事実でしょう。

そういう時代の中国で仕事をしたということは

貴重な体験であるとともに、逸話の宝庫にもなっています。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 30
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた
面白い

コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
あはは、楽しい〜〜(笑)行きたくても二度と行けない昔の中国ですね!オソロシイだけに面白い〜怖いもの見たさ?その場にいないから笑ってる感じですね♪左斜め上のポーズはなんでしょ?ケ小平のまねとか?(笑)それにしても中国人が外にいるのは暑気よけだったんですね。ワタシが若い頃行った時もそうで、とても不思議でした。でも山口では老人が家の外に椅子を出して冬以外はいつも座ってます。あれは退屈だからと思うんですけど、それを見ると中国を思い出しちゃいます。王さんたちはお元気にしておられるのかしら?そのAに触れることでしたら次回で♪
こりす
2017/11/24 05:30
こりすさん、今思うと実際得難い体験で、あの頃の中国は楽しかったなぁと思い起こすことが多いです。
面白い話も山ほど経験していますしね。
しかし、政府絡み省絡み公安絡みで何をされるか分からない怖さは常にありましたね。
左斜め上を向くポーズは当時の中国人が改まって写真を撮る時の定番ポーズらしですよ。
暑いから外に出る。外も相当暑いんだけど窓のない室内にいるよりはマシだったのでしょうね。
山口での老人は椅子に座ってお迎えを待っているんじゃないですか?(笑)
王さんたちはその後紆余曲折があったようで、今はカナダで元気に暮らしているそうです。

2017/11/24 09:40
「中共政府の対外貿易の実務を担うことを条件に、召し上げられた邸宅を」を返してもらうって、な〜んだ中共政府はインターナショナルな商売の仕方を知らなかったのですね。机の上で考えただけのイデオロギーらしいです。
警察に踏み込まれるって、危なかったですね。捕まったら大変です。まともな裁判もなしに懲役になるか銃殺されたかもしれませんよ。
達さんは、そういう経験も含めて中国の歴史が大きく動くところを見てこられたのですね。
櫻弁当
2017/11/24 11:04
櫻弁当さん、この頃の中国は国内の権力闘争が落ち着き始めた時期で鎖国状態だったから、貿易のイロハも何も分っていなかったようですよ。
それで実務に長けた亡命地主を利用しようと考えたのでしょう。当然地主階級もつてを頼って相当売り込んだことでしょうが。
中国はこの頃から公安国家でしたから、それはもう怖かったですよ。行方知れずになる日本人のニュースも多かった時代ですからね。
しかしそういう時期の中国をこの目で見たというのは、財産とまでは言えないけれどラッキーでしたよ

2017/11/24 13:11
中共とは古めかしい響きのする言葉ですね。
小学校の担任が使ってましたが、あれは70年頃だったか。
懐かしいです。
記事の出来事は80年代のことでしょうけど、自由化が進んだのは経済だけで、国民生活は相変わらず息苦しさが続いていたんですね。
間一髪の脱出行。
夢に見て、うなされたりしませんでしたか?
りう
2017/11/26 22:07
ケ小平・・・まさに深センを経済特区にしたのがケ小平です。街の公園には大きな看板、丘の上には大きな像が立っています。彼がいなければ今日の中国の発展はもっと遅れていたかもしれません。

上海の大地主・・・・こういう人が富裕層なんでしょうねぇ。きっと今ではもっとすごいことになってると思います。

中国は密告社会ですねぇ。妬みも激しいですから、あることないこと密告されますね。そういう意味で他人を信用しないって風土なんでしょうねぇ。脱出劇、映画のようですね。時代が時代だけに拘束されたら、二度と出られなかったかもしれませんね。

しかし・・・・その中国人が・・・・一昨日の銀座にいっぱいって・・・・夢にも思わなかったですね。
けいつー
2017/11/27 07:47
追伸。
お正月にいっしょにこんぴらさんに行った恵美ちゃんが杭州の出身です。たぶん、1ヶ月後にまた会うと思います。
あと、8月に出張で行ってた慈渓市も杭州から遠くないですね。ホテルも杭州湾の近くですから。
杭州は行ったことないですが、街としては大きいようですね。
けいつー
2017/11/27 07:52
りうさん、70年代はまだ国交が回復していなかったころだから、今の北朝鮮と一緒で正式な国名で呼ぶことはなく、国民党との対比で中共と呼んでいました。それが80年代になっても僕の場合は変らなかったということでしょう。
この頃はまだ国民は貧困そのものと言う生活水準でしたが、今と違って街は見事なほどに清潔でしたよ。
間一髪、今思えばあの時は危なかったなと恐くなることがありますよ。

2017/11/27 09:00
けいつーさん、そうそう深セン特区はケ小平の大英断ですね。香港に隣接しているということも成功の一因なのでしょうね。
上海の大地主。この時代に彼らの邸宅の内部を知る機会を得たということは貴重な体験でした。
脱出劇は妹が無錫まで同行してくれたので何とかなりましたが、何しろ相手は中国の公安ですから危なかったです。
密告社会。これはもう中国4000年の歴史ですよね。
今も密告だらけの社会じゃないですか?
ほんとそうですね。日本中中国人だらけです。
あの頃の中国からは考えられない融通無碍な国になってしまったのもケ小平のお陰なのでしょう。

2017/11/27 09:16
追伸
けいつーさん、恵美ちゃんは杭州でしたか。
杭州は古い都市で、西湖を見てから死ねみたいな言葉があるくらいに全国的に有名な観光地でもあるようです。
秦坊やグッチと上海に行った時、ハイヤーの運転手に6000円チップをあげて杭州に遊びに行ったことがありました。
東京ー静岡くらいの距離ですかね?
6000円と言えば1カ月分の稼ぎだったらしく、翌日もう一度その運転手を指名したら休んでいました(笑)

2017/11/27 09:24
今でも外国人の民家での宿泊と婚外中国人女性とのホテルの同室でのお泊りは禁止にはなってますが、有形無実状態ですな。
のび太
2017/11/27 13:58
のび太さん、僕はかつて厦門のマルコポーロで上海人の女性と同室しましたがお咎めなしでした。
厦門の海岸には「一国両制度」というプロパガンダの看板がデカデカと書かれていましたが、両制度とはこのことだったのでしょうか?(笑)

2017/11/27 19:41

コメントする help

ニックネーム
本 文
昔話 「杭州」の話 最終回その@♪ 仰天食べ歩き ('-^*)//BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる