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zoom RSS 昔話 「杭州」の話@♪

<<   作成日時 : 2017/10/10 00:00   >>

驚いた ブログ気持玉 27 / トラックバック 0 / コメント 6

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文化大革命が収束して暫く時間を経た頃の中国では、商談のために訪中しようとする場合、中国政府が発行するインビテーションの到着を待つ必要がありました。

しかし、そんなものを待っていても埒が明かない場合が多く、

取り敢えず香港に飛んで、広東省が発行する3日間限定の

観光ビザを取得して、

取り敢えずそのビザで中国に入国するという方法が一般的でした。

観光ビザは1週間で切れても、当時中国での商売は

すべて国営だったので、担当する省の役人が必要なだけ

何回でもビザを延長してくれるから、何の問題もなかったのです。

実に本音と建前の違う国でした。

さて、そんなことで杭州市から商談を受けた時のこと。

因みに杭州市は浙江省の省都で人民政府の所在地です。

僕は商社の担当者と香港で合流して、観光ビザで入国しました。

香港の啓徳国際空港で搭乗した当時の中国民航の飛行機は、

ソ連製のイリューシンの中古機で

しかも中国とソ連とはイデオロギーの相違から

大げんかの真っ最中だったから

恐らく見よう見まねで修理して使っていると思われる

飛行機の機内は椅子も備品もボロボロで、

エンジンが回転を始めると分解するんじゃないかと思うほど

機内の天井や壁が揺れました。

それでも飛行機は禿山ばかり荒れた国土の上空を飛んで

一路杭州へと向かいます。

当時の杭州空港は人民解放軍が管理しておりましてな。

僕たちが乗ったイリューシン機が着陸態勢に入ると、

空港から次々と戦闘機が飛び立って来るのが見えました。

どうやら旅客機を敵機に見立てて迎撃訓練をしているようです。

それをカメラで撮ろうとすると、スチュワーデスが飛んで来て

「外を見てはいけない」と言いながら、

力任せに窓のカーテンを閉めました。

それでも機体がガタピシしているから、カーテンはきちんと閉まらず

戦闘機の様子をつぶさに見ることが出来きたのです。

註  写真は杭州での仕事を終えて帰国するため上海へ向かう時
   杭州駅のプラットホームで商社の担当者と撮ったものです。
  

                                    つづく

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
なんとも中国らしい〜〜日本人にとってまさかと思うことも、中国なら十分アリなのが中国のおそろしさ(今でも〜・笑)。飛行機の修理もありそうなだけに、こちらはかえって怖いですね!!しかも練習とはいえロックオンされるなんて、スリル満点(笑)
こりす
2017/10/10 07:26
こりすさん、この頃は特にそんな感じが強かったですね。
紙幣も外国人だけが使う兌換紙幣を使わされ、空港のレストランも外国人用のお店は別になっていて、中国人は入れない代わりに、同じ食べ物が10倍くらい高いという、稚拙な仕組みで鎖国状態からの国内開放が進んでいました。
飛行機は機体自体も、ロックオンもマジ怖かったですよ。
この頃はまだ広州交易会で消息を絶つ日本人のニュースが散見される時代でしたからね。

2017/10/10 08:55
これは1980年代のことですか。ここまでくると仕事も命がけというか、凄みさえ感じます。
こういう仕事の積み重ねで、90年代のあの日本の経済力が培われてきたのでしょうね。
腰痛、大丈夫ですか。お大事に。
櫻弁当
2017/10/10 10:58
櫻弁当さん、80年代初頭ですね。
そうそう、この頃は危険を感じざるを得ない国でした。
でも、あの頃はそれ克服して前へ進むというバイタリティが日本中に漲っていましたね。
良い時代に生まれました。
腰、食べ歩きがかなり危うくなって来ました。
どうもありがとう(^^)v

2017/10/10 11:17
ご商売もまさに命懸けだったんですね。
その頃のことかどうか、アムール川を挟んで、ソ連軍と人民軍が撃ち合いをしているのをニュースで見たことがあります。
今ならもっと大ごとになってますよね。
りう
2017/10/15 22:17
りうさん、この時代はスリルも緊張感もあって、ある意味生き甲斐のある時代でした。
アムール川での島の取り合いありましたね。
あの頃の揉め事は他人事でしたが、今はそうはいきません

2017/10/16 10:37

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